Jill Quadagno (2005)

One Nation Uninsured: Why The U.S. Has No National Health Insurance

One Nation Uninsured: Why The U.S. Has No National Health Insurance

[問題設定]他の先進工業国のほとんどが健康保険では国民皆保険を実現しているにもかかわらず、アメリカ合衆国でそれができていないのはなぜか。
[議論]先行研究は、アメリカの国家介入を嫌う文化、労働運動の弱さ、人種差別、連邦制や分極的な政体、過去の政策遺制、といった要素で国民皆保険の不在を説明しているが、これらはそれぞれ問題を有している。本研究では、20世紀初頭から1990年代までの健康保険を巡る政治過程を仔細にみていくことで、なぜアメリカが国民皆保険制度を導入できなかった理由を探る。具体的には、1910年代の改革運動における州政府レベルでの強制保険制度の模索、ニューディール、第二次大戦直後のトルーマンの健康保険制度案、ケネディーとジョンソンによる「偉大な社会」期、ニクソンのNational Health Insurance Partnership、クリントン政権のHealth Securityなどの政策過程をアクターのイニシアティブと利益団体の動きに焦点を当てて詳述している。結論としては、医師会、病院、保険業界、経営者団体労働組合、などの利益団体が影響力を発揮し、健康保険財政が民間の手から政府へ移るのを阻止したのである。
[論点]

  • 理論は多元主義論。しかし、国家による医療の統制を必然的にもたらす皆保険制度には医師会はどの国でも反対なわけで、著者の歴史叙述をたどる限り政治制度と過去の政策遺制が皆保険の導入を阻止したとみたほうが筋が通る。すなわち、利益団体の影響力行使が容易なアメリカの多孔的政治制度、分割政府、大統領制による議会の政党規律の弱さ、南部の保守層と沿岸部のリベラル派の連合としての民主党の限界、州政府に福祉関連の政策は委ねられている連邦制、といった政治制度が影響しているうえ、国民健康保険がないことを前提に発展したフリンジベネフィットとしての企業保健や高齢者向けメディケアが国民健康保険を求める運動を弱めたというように、過去の政策遺制が政策フィードバックをもたらしたと解釈することが可能。
  • でも、この本の良さは、理論ではなくて、膨大な資料を読み込んでアメリカ健康保険政策史を描き切った点にある。良質のモノグラフは読んでいてワクワクする。アメリカの福祉国家の展開に興味のある方にはお奨めです。