Julia Lynch (2006)

[問題設定]先進工業諸国のなかには、高齢者に財政支出を集中させる福祉国家もあれば、非高齢者(児童・若年層・女性など)への社会保障支出もバランスさせる福祉国家もある。そして、この高齢者対非高齢者の支出割合の各国間のちらばりは、近代化論や権力資源動員論が予測する類型に一致しない。なぜか?
[理論]歴史的制度論による説明。まず、非高齢者向けの社会政策は児童手当や失業手当といったものであっるため、シティズンシップにもとづいた普遍主義型の社会保障制度を持つ国の方が非高齢者への財政支出が多くなる。一方、高齢者向けの社会政策は年金制度のようなものとなり、職域型の社会保障制度を持つ国々では財政資源(租税や社会保険料)を非高齢者へ向けることが難しく、社会保障支出は高齢者に偏った配分となる。
そして、この社会保障支出の高齢者−非高齢者バランスに対しては、二つの歴史的分岐点(critical juncture)が重要な役割を果たした。一つは1900年ごろの社会政策の形成期であり、この時期にシティズンシップに基づいた社会保障制度を整えた国々は非高齢者とのバランスがとれた普遍主義的システムを形成した(スカンジナビア諸国、英連邦諸国)。一方、この時期に職域型福祉を確立した国々は、第二の分岐点である第二次世界大戦前後の時期に普遍主義的制度を導入できた国々(ドイツ、フランス、オランダ、ルクセンブルグポルトガル)とできなかった国々(イタリア、ギリシャ、スペイン、オーストリア、ベルギー、アメリカ、日本)とで、その後の高齢者−非高齢者バランスのあり方が異なるものとなった。そして、この第二の分岐点でのその軌道を決定付けたのが、それぞれの国における政治的アクターの競争の形態であった。すなわち、プログラム型(programmatic)の競争が行われた前者では職域型の制度をシティズンシップに基づいたものに変更できたのに対し、個別利益誘導型(particularism≒clientelism)の競争が行われた後者では職域型制度が存続することとなった。すなわち、過去に形成された制度と政治的競争形態の相互作用がここでの従属変数のありかたを決めたのである。
[方法]オランダとイタリアの児童手当、失業手当、年金制度の歴史的展開を追うケーススタディで仮説を検証。
[論点]

  • この研究の従属変数となる高齢者−非高齢者支出割合(elderly-nonelderly spending ratio: ENSR)が説明するに値するかどうかがイマイチ不明。この変数は分子に高齢者支出を、分母に非高齢者支出をもつのだが、これでは非高齢者支出(分母)が大きいときだけでなく、高齢者支出(分子)が小さいときもENSRは小さくなり、筆者の観点からするとバランスのとれた福祉国家ということになってしまう。従属変数を単に非高齢者支出の対GDP比にしてはいけないのだろうか?
  • 単に「1900年ごろに形成された社会政策が経路依存性と働かせて、その後の福祉国家のあり方を決めた」というのでは面白くないので、この研究の肝は第二の分岐点での政治的競争のあり方と制度との相互作用であろう。それゆえ、ケースを第二次世界大戦前は職域型制度を発展させたオランダとイタリアに取り、その後の違いを政治で説明しようとしている。しかし、「プログラム型(programmatic)の競争」と「個別利益誘導型(particularism≒clientelism)の競争」の定義がイマイチはっきりせず、説明変数が特定できていない。「イタリアでは個別利益誘導型の政治的競争が自営業者からの徴税を困難にし、それが普遍主義的福祉プログラムの形成を阻んだのに対し、オランダでは徴税基盤がしっかりしていたのでそれが容易であった」という議論は説得力があるが、問題は徴税能力の違いをもたらした制度的違いは何かであろう。憲法体制?選挙制度
  • イタリアのケースの、「個別利益誘導型≒恩顧主義的政治のあり方が、職域型福祉制度を政治家の利益誘導の対象とし、職域型年金制度の膨張と未熟な非高齢者向け福祉プログラムを生んだ」とする議論はほとんど日本に適用可能と思われる。