Christopher Howard (1997)

The Hidden Welfare State: Tax Expenditures and Social Policy in the United States (Princeton Studies in American Politics)

The Hidden Welfare State: Tax Expenditures and Social Policy in the United States (Princeton Studies in American Politics)

[問題設定]租税支出(tax expenditure)*1を考慮にいれると、これまで直接の社会保障支出のみを対象に理解されてきたアメリカの福祉国家の理解はどのように変わるのだろうか。
[議論]税控除や税還付といった租税支出はこれまでの社会政策研究ではあまり検討の対象とされてこなかったが、その規模を見ると実際の社会保障支出のほぼ半分の規模の租税支出がなされていることがわかる。そして、その租税支出の形成と展開をみていくと、1930年代のニューディールと1960年代の「偉大な社会」期に新規プログラムの制度化が集中した直接的社会保障支出の政治過程とは全く異なるプロセスがそれを生み出してきたことが分かる。それは、直接的社会保障支出とは異なり、利益を得る利益団体が推進したわけでなく、議会のさまざまなプロセスや政党間の競争が租税支出を生み出したのである。そして、従来の直接的福祉支出を扱う「見える福祉国家」(visible welfare state)と、租税支出による「隠れた福祉国家」(hidden welfare state)との間には、トレードオフの関係があるとみることができよう。
以上の一般化された議論を念頭に、住宅ローン控除、企業年金控除、稼得所得税還付、特定職種税還付という四つの租税支出の形成と展開のケーススタディを行い、アメリ福祉国家における「隠れた福祉国家」の存在を読み解く。
[論点]

  • 「租税支出」という社会政策研究における未開の荒野を切り開いたパイオニアとして意義深い研究。
  • 幾度となく「租税支出を含めれば、従来「福祉国家の劣等生」といわれてきたアメリカの福祉国家像は変わる」と主張しているが、福祉国家の単線的発展を想定した近代化論や権力資源動員論ならいざ知らず、Esping-Andersen(1990, 1999)以後、国家・市場・家族の間での社会的保護(social protection)の編成と類型を問う福祉レジーム論が主流となった現在の福祉国家論には当てはまらない批判であろう。実際、国家の社会政策(直接的社会保障支出)ではなく、税資源を控除や戻し税の形で納税者に与えて市場での社会的保護の需要の充足を求めるという本書で示されたアメリカの特徴は、エスピン-アンデルセンが主張した市場主導の自由主義ジームの議論を補強こそすれ、反駁とはならないのではないか。
  • 日本もGDPに占める社会保障支出の割合がアメリカ並みに低いが、租税支出の形で社会的保護が提供されているのであろう。恐らく、それは第一次産業従事者や自営業者に手厚い形でだと思われるが。

*1:税控除や税還付など