フィレンツェ

唐突ではありますが、今年の秋からイタリアはフィレンツェにあるEuropean University Institute (EUI)の政治社会学部(Department of Political and Social Sciences)博士課程二年次に編入することとなりました。
実は、ボルダーに来た2005年の秋に、CUに来た最大の理由だった指導教授がCUを五年間休職してEUIに異動することが決まり、実際に今年の一月からフィレンツェに赴任してしまっていたのでした。五年間休職ができるというのはこちらのテニュアシステムの凄さですが*1、自分とその指導教授はほぼ入れ違いになってしまう形となり途方に暮れていたわけです。そこで、わざわざ極東の島国からロッキー山脈の麓まで指導を受けに来た学生を気の毒に思ったのか、その教授は「フィレンツェもとても美しい街だし、EUIはヨーロッパ最高レベルの研究機関だから、受験することを強く勧めるよ」と、フィレンツェに一緒に来るように勧めてくれたのでした。ただ問題だったのは、EUIはEUの研究所(大学院大学)としてヨーロッパ各国の出資で運営されており、EU諸国とラテンアメリカ数カ国の学生は授業無料+生活費四年間保障という恵まれた条件で研究できる一方、EU外の学生は四年間の学費と生活費を賄える資金を国か民間の財団から確保していることが入学の条件という厳しい関門が課されていたこと。受験の前にまずは資金を探すところから始めねばならなかったのでした。
とにかく、複数年学費と生活費を支給してくれる奨学金は日本にはほとんどないのですが、博士課程の学生に三年間学費・生活費を支給してくれる、政府の国費奨学生制度に申し込むことに。今年の三月にほとんどとんぼ返りで東京に行ってきたのはその奨学金の面接のためだったのでした。EUIにいる指導教授からのかなりインフレされた評価を記した推薦状が効いたのか、幸いにもこの奨学金をもらえることとなり、あとはEUIからの合格を待つばかりと安心していたのが今年の四月までのお話。
ところが、四月の末にEUIからもらった合格通知は「条件付」というもの。どうやら、EUIの博士課程は四年間のプログラムなのに対し資金が三年分しかないこと、そしてEUIの求める最低生活費に日本政府の給付金が達していないことが問題となったようです。「追加の資金の手当てがあれば合格を出します」という無茶なことを言われて再び途方に暮れたわけですが、指導教授が「こいつはCUでPh.D.プログラムを二年終えているので三年で博士論文を書き上げられるだろう」とねじ込んでくれたお陰で、今日晴れて正式な無条件の合格通知を受け取ることができたのでした。生活費のほうは、貧乏生活をするのは本人の問題なので、不問に付してくれたようです。いまユーロは対円レートで滅茶苦茶高いんですよね・・・。
というわけで、九月からはフィレンツェでの新しい生活が始まります。大学院の使用言語は英語なものの、日常生活にはイタリア語を使わねばならず、自分はイタリア語を全く知らないという状況ですが、なんとかなると(根拠なく)楽観しています。ボルダーでの生活もCUも名残惜しいですが、ヨーロッパでの経験というのは自分のキャリアの中で意義あるものとなるはずなので、いまから少し興奮気味です。そして、EUIではコースワークはあまり受けなくてよい(はず)ですし、何といってもコンプを受けなくてよいので、ようやく自分の研究に専念できそうです。
再来週にはアパートを引き払い、ニューヨークで観光したあと日本に帰る予定です。

*1:テニュアを取ると絶対にクビにならないのでやりたい放題。