Morgan (2006)

Working Mothers And the Welfare State: Religion And the Politics of Work-Family Policies in Western Europe And the United States

Working Mothers And the Welfare State: Religion And the Politics of Work-Family Policies in Western Europe And the United States

[問題設定]保育サービスを中心とした女性の就労促進政策は国ごとにかなり異なったものとなっているうえ、必ずしも人口に膾炙している福祉国家類型とも一致しない。例えば、社民レジームのスウェーデン保守主義ジームのフランスでは公的保育サービスが発達している一方、保守主義ジームのオランダと自由主義ジームのアメリカではこれまで十分な保育政策が展開されてこなかった。何故か?
[議論]鍵となる説明変数は国家-教会関係。戦後に発達した女性の家庭と仕事の両立支援施策としての保育サービスの各国間の違いをみるには、19世紀後半から20世紀前半にかけて成立した国家と宗教勢力との間の関係を考えなければならない。それまで、児童の教育と家庭のモラルといった事柄は教会の専管事項であった。しかし、このころフランスでは共和派のカトリック勢力に対する優位の成立、スウェーデンでは国家と教会との合一、といった形で教会勢力が国家に吸収された。その結果、幼児・児童教育は国家の管理化におかれたのである。一方、オランダでは世俗勢力と教会勢力との対立に加え、カトリックプロテスタントとの対立も加わり、国家は直接的には幼児教育や家庭内のモラルなどに介入しないという「補足性の原理」が公共政策の基調となった。また、アメリカでは、厳密な政教分離と宗教的多元性が国家による家族政策への介入をさまたげた。
こうした国家-教会関係のあり方が、戦後の経済成長期とその後の脱工業化下における保育政策の展開に違いをもたらしたのである。スウェーデンでは、宗教的均質性と教会勢力の弱さから、国家が率先して男性稼ぎ手モデルからの脱却と女性の就労促進を目指して保育サービスの拡充を行うことができた。フランスは必ずしも男性稼ぎ的モデルの変革には進まなかったが、20世紀初頭に成立した2歳から3歳の幼児教育施設が保育サービスとして機能するようになり、女性の就労を促進した。一方、「補足性の原理」から国家が家族政策への介入を躊躇したオランダでは男性稼ぎ手モデルが支配的となり、公的・私的保育サービスともに90年代までは発達することがなかった。アメリカでは強い自由主義フェミニズム運動の結果、女性の役割規範は比較的早くに変容したが、保守主義勢力の強い抵抗のため、政府が保育サービスの供給に乗り出すことはなかった。しかし、女性の就労率の上昇の結果、民間サービスが働く母親達の保育需要をまかなうこととなった。つまり、社会経済状況の変化に対する政策対応がどのようなものになるのかは、過去に成立した制度の影響の下、経路依存的に決まるのである。
[コメント]

  • 保育政策の本格的な比較研究はこれまで少なかったうえ、福祉国家論ではこれまで軽視されがちだった宗教の影響を、しかも単にイデオロギーの問題としてだけではなく、政党システム成立期の政治的亀裂や政治制度の確立に注目して論じた歴史的制度論的研究で、高く評価できる。
  • しかし、歴史的制度論の常として、変化の説明になると、「説明」というよりは単なる「記述」となる。例えば、90年代のオランダでは保育サービスが急速に発達するが、この変化は本書の枠組みでは説明できない。もちろん、オランダの現在の保育サービスに過去の政策の影響(経路依存性)をみることは可能だが。
  • アメリカの公的保育サービスの未発達の説明は、他の国(スウェーデン、フランス、オランダ)に比べ、説得力が乏しくなる。公的社会サービス全般が未発達のなか、保育だけを取り出して宗教との関係で論じてもイマイチ。アメリ福祉国家の残滓性全般を国家-宗教関係で論じることができるのなら別だが、それはまた他の説明変数がたくさんあるだろう。