エスピン-アンデルセン現る!!

比較し福祉国家論の世界では最も有名な研究者である Gosta Esping-Andersen 教授がEUIにレクチャーをしに来ました。教授はハーバードでテニュアを取れずにヨーロッパに戻った先がEUIで、政治社会学部の教授を1986年から1993年頃の間務めたという実は当研究所にゆかりのある方なのでした。ちなみに、Vrij University の van Kersbergen はその時の教え子の一人です。
http://www.esping-andersen.com/

レクチャーのタイトルは「Incomplete Revolution(未完の革命)」というもので、脱工業化の下で女性の結婚・出産行動がいかに変化したのか、そしてその変化を促した要因は何かといった謎を探る新著の骨子を紹介するというものでした。周知の事実ですが、1970年代以降、女性の人的資本投資(教育水準)や労働市場参加の水準は男性のレベルに近づいいる一方、家庭内労働への女性の労働投入は減少し、こちらも男性に近づいています。一方、離婚やシングルマザーの増加もこの時期の特徴の一つです。興味深いことにアメリカの世帯別データでは、離婚率やシングルマザー率が極端に上昇しているのは低学歴層であり、高学歴層のほうが結婚の持続率が高いということです。この事実が示唆するのは、結婚市場がだんだんと高学歴層だけが相手を見つけられる場となり、低学歴層の女性は結婚よりもむしろシングルマザーを選んで家庭への影響力を獲得するほうを選好するということです。
さて、ゲイリー・ベッカーの『結婚の経済学』やパーソンズの家族社会学を考えると、労働市場で比較優位を持つ男性が賃労働に特化し、女性は家庭内労働に特化するという男性稼得者・女性主婦モデルが均衡となるはずなのに、なぜこのモデルの支配が崩れていったのでしょうか。エスピン-アンデルセン教授が主張するところでは、 女性の人的資本の上昇により結婚における女性の交渉力が増加したため、核家族モデルは三つの新しい均衡にシフトしているのだといいます。一つは、「ヤッピーカップル均衡」で、このモデルでは高学歴女性が生活を依存するに足る高学歴・高収入男性を結婚市場で見つけ、もっぱら消費行動により効用を最大化します。二つ目は、ますます支配的となりつつある均衡で、「二人稼ぎ手モデル」です。このモデルでは、男性・女性とも賃労働に就き、家庭内労働はほぼ平等に分担し、その結果、就業率も出生率もどちらも高いという均衡になります。三つ目は「不安定均衡」で、結婚するに足るだけの男性を見つけられないため結婚・出産をしない、結婚・出産を先延ばしにする、出産してもシングルマザーを選ぶという社会的には持続が難しいモデルです。
上に述べたモデルはミクロのもので、必ずしも彼のマクロの福祉レジーム三類型に一致しませんが、寛大な福祉国家の存在は第二の「二人稼ぎ手均衡」を促進するといいます。というのも、様々な現金給付や社会的ケアサービスの存在が、出産・育児により家庭内労働に特化させられて不利益を被る可能性を少なくし、家庭内での男女間の平等を保障するからです。一方、給付が賃金稼得者に偏る南欧モデルでは第三の「不安定均衡」モデルを促進します。
さて、なぜタイトルが「未完の革命」なのかというと、女性も賃労働に従事し、家事も男女平等に分担するという「革命」は実は中間から高学歴層の男女のなかだけで一般化しつつあるだけで、低学歴層ではそうした「革命」は起きていないという階層間格差があるからです。そして、「革命」を完遂させるには福祉国家による手助けが必要だというのが教授の主張でした。

講演後は同じ建物でシャンパンを飲みつつの歓談があったのですが、エスピン-アンデルセン教授のすぐ脇で福祉国家論専攻の同僚たちと言いたい放題。例えば、「データはみんな知ってるものばかりだし、議論は錯綜しているし、正直ガッカリ。」、「『ポスト工業経済の社会的基礎』では「地中海モデル」は基本的には保守主義モデルに含まれるといっていたのに、南欧モデルを特別視するのはいかがなものか」、「結局、デンマークを他の国は真似ろってことでしょ!?」などなど。。。みんな彼の著作はもちろん読んでいるので批判も辛らつになります。個人的には2000年代に入ってからエスピン-アンデルセンは政策志向になってしまい、理論的な説明モデルに対しては関心を失い、いまはもう類型論にも興味がなくなったのかなという感じがします。それにしても、3メートルさきにこれだけ有名な研究者が談笑していて、その人の批判で仲間と盛り上がるというのは何か不思議な感じでした。

福祉資本主義の三つの世界 (MINERVA福祉ライブラリー)

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ポスト工業経済の社会的基礎―市場・福祉国家・家族の政治経済学

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Why We Need a New Welfare State

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