「日本」のこと

木曜日はヨーロッパ社会学アメリカ政治のセミナー二本立て。いつものように朝から出かけてセミナーに参加したのですが、何故か今日は日本ネタで議論を吹っかけられる羽目に。まず、ヨーロッパ社会学の授業ではハーバマスを絡めた「公共圏」の話題になり、報告者のおばさん(?)から「タケーシは非常に異なる国(a very different country)から来てるけど、日本でのPublic Sphereに関する議論について話してくれない?」と挑発(?)されました。「公共圏」となるとアカデミックな用語で、日常語では使わない旨を言っておきましたが、"public"が国家機構を指すケースが多いことを話すとやたらと「ナルホドー」という顔をしていました。
また、アメリカ政治の授業では、クリントン政権に始まりヨーロッパに伝播した「第三の道」路線の話から、「左翼-右翼」軸の一次元モデルから「左翼-右翼」と「自由至上主義-権威主義」という二次元モデルへの政党空間の再編*1になり、「ここでタケーシに聞きたいんだけど、日本は conformism の国だけど、ヨーロッパみたいな再編は起きてるの?」と質問されました。
そりゃ very different で conformism かもしれないけれど、半知半解で他所の国の人に言われるとなぜかむかつきます。それに、アメリカとイタリアの経験からして、人間どこの国でも大して変わらないですよ。現在、気持ちが合理的選択制度論に惹かれつつあるのは、日本を特別視する視線に対する反発があるのかもしれません。

*1:キッチェルトの話。