セミナー1

Weingast教授のセミナーは、ダグラス・ノース他と来年出版する予定の共著本についてのものでした。それは、秩序維持と経済発展にはたす国家の役割を重視し、なぜ西欧諸国は経済を発展させることができたのに、発展途上国はいまだ市場経済を十分に活用できる制度を構築することができないのかという問いに数百年スパンの視座から答えようというものです。
講演では、マックス・ウェーバーの「暴力の独占装置としての近代国家」というテーゼに疑問符を付け、実は暴力はいまだ多くの国々において諸勢力間で分有されており、「レント」を通じた統治がそうした暴力の爆発を防いでいると論じていました。つまり、ここ何百年もの間支配的であった自然国家(Natural State)では経済的・政治的装置へのアクセスを制限することでレントを生み出し、その再配分を通じて平和を保ってきたわけです。これをアクセス制限型秩序(limited access order)と呼びます。例えば、封建制度下では領主が小麦を挽くミルを独占し、完全競争下よりも高い価格を課すことでレントを得ていたわけです。国家の役割とはそうしたレントの分配による正当性の調達でした。また、20世紀のメキシコではPRIが一党独裁し、様々な公共サービスは党への支持と引き換えでした。ここでも、経済的・政治的装置へのアクセス制限の生み出すレントが暴力の行使を防ぎ、平和を維持していたのです。しかし、こうしたアクセスの制限は市場経済の発展を必然的に妨げます。市場への制限がレントを生み出すからです。
一方、西欧先進諸国が近代に達成したのがアクセス開放型秩序(open access order)です。こうした国々では経済的・政治的装置へのアクセスの条件が非人称化し、経済領域における市場、政治領域における民主制度を通じた競争が経済発展をもたらしたということです。
つまり、十全な市場経済とオープンな政治的競争は相互依存的であり、非競争的政治秩序と低開発という均衡もありうるわけです。しかも、後者の均衡では経済領域での競争制限がレントを通じた秩序維持に貢献しており、一方的な競争的市場経済の導入はその秩序を壊してしまうことになりかねないのです。これが、世界銀行IMFエコノミストの長年の助言にもかかわらず、多くの発展途上国が競争的市場制度を十分に導入できない、導入するのが現実的ではない理由だとワインガスト教授は論じていました。