最近読んで面白かった論文から

thieda2009-07-31

Benoit, K., Laver, M., & Mikhaylov, S. (2009). Treating Words as Data with Error: Uncertainty in Text Statements of Policy Positions. American Journal of Political Science, 53(2), 495-513.

比較政治学においては「政党の政策選好・位置を定める」というのが一つの重要なトピックです。例えば、「スウェーデンの政党システムは凝集的で中道左派中道右派も似たよりよったりだ」とか、「フランスの政党システムは分極的で共産党は我が道を行っている」というような事実命題を提示するときは、必然的に政党の政策位置を定めたうえで何らかの次元に並べて上のような判断を加えているからです。また、「イギリス労働党はブレア党首の下で左から中道にシフトした」という場合、労働党の政策位置を時系列で測定して、しかもイギリスの政党競争空間に相対させながら事実判断を加えなければなりません。さらに、比較政治経済学になると「政党の政策選好が異なると政策も異なるのか?」といった問題に関心があるわけですが、当然のことながら、政党の政策選好を測定できなければ(しかも国際比較データにしなければ)説明変数には使えません。比較政治学者が政党の政策位置の測定に頭を悩ませていた訳です。
さて、現在の比較政治学で上記の課題に取り組む二つのプロジェクトがあって、一つは政党が選挙のときに提示するマニフェストから政策選好を測定するもの、もう一つは各国の政治学者にアンケートして政党の政策位置を推定する専門家調査です。Budge et al. (2002) は1987年に出した調査の続編ですが、第二次大戦後から1998年まで先進工業諸国の主要政党のマニフェストを網羅的に調べ、全てのセンテンスを「軍事に肯定的」、「保護主義に肯定的」、「保護主義に否定的」など54のカテゴリーに分類し、そのパーセンテージをデータ化しています。そのカテゴリーを、例えば「右」と「左」に分類しなおし、「右」の割合から「左」の割合を引いて値を出せば政党を左右イデオロギー軸に置きなおすことができるというわけです。ちなみに、その後この調査は中東欧諸国にも拡張されています。一方、専門化調査のほうはというと、一九八〇年代後半から各国の専門家へのアンケートから政党の政策位置を探る研究はいくつかありましたが、Benoit & Laver (2006) はそうした調査を47カ国に拡張した決定版のようなものです。各国の識者に「左右軸」、「規制緩和への姿勢」、「社会的保守主義度」といったいくつかの軸で政党を位置づけてもらっています。自分的には、専門家調査がどうしても一時点での印象論になってしまうのに対して、マニフェスト調査のほうはデータポイントが選挙の数と同じになるので、政党の政策選好の時系列の変化を把握できるという利点があり、専門家調査よりも便利かなと思っていました。
前置きが長くなりましたが、表題の論文は専門家調査の側からマニフェスト調査への重要な問題提起になっています。これまでマニフェスト調査ではテキストをカテゴリーごとの割合に落とし込んだデータを政党の政策位置を示すデータとして額面どおり受け止め、独立変数・従属変数として用いられてきました。でも、(仮にあったとして)政党の純粋な政策選好を政策担当者がマニフェストの言語に落とし、それをデータ処理者が解釈し、コーディングのフォーマットに落とすプロセスにはエラーがつき物であるはずです。この論文では、センテンス数の大小による標準誤差の大小をブートストラップ法により推定し、エラーを考慮に入れた形でCMPデータを作成しています。簡単に言うと、20センテンスでできたマニフェストの10%が規制緩和を提唱するのと、2000センテンスのマニフェストの10%が規制緩和に割かれているのとでは、平均周りの散らばりは異なるはずであり、それを考慮したデータにしましょうということです。論文ではこのデータを用い、マニフェスト調査のデータを独立変数に用いた既存の研究のレプリケーションを行っています(SIMEX法)。結果は既存の研究の解釈に疑問を投げかけるものであり、人の手によるテキスト生成プロセスを考慮に入れれば、エラーをモデルに取り込む必要があることを示しています。
しかし、政党の政策位置という基本中の基本ですらこれだけ論争があるんだから、比較政治の実証研究というのは難しいよなぁーーー。

Mapping Policy Preferences: Estimates for Parties, Electors, and Governments, 1945-1998

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  • 作者: Hans-Dieter Klingemann,Andrea Volkens,Judith Bara,Eric Tanenbaum,Richard C. Fording,Derek J. Hearl,Hee Min Kim,Michael D. McDonald,Silvia M. Mendes,Ian Budge
  • 出版社/メーカー: Oxford Univ Pr on Demand
  • 発売日: 2001/10/18
  • メディア: ペーパーバック
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Party Policy in Modern Democracies (Routledge Research in Comparative Politics)

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